罵倒語の第3項目は、
汚物・聖物・性物・劣物のうちの性物となります。
「性は生なり」と言う人もいるぐらいに、文化を築き上げた人類にとって性生活は人生の唯一の目的(生物学的に見た生殖)とまでは行かないとしても、かなり重要な部分を占めています。それなのにまた多くのタブーがあって、特に思春期に差し掛かった子供たちにとっては、謎に覆われたものとして存在します。洋の東西を問わず、古くは、インセスト・タブーは勿論のこと、無規則的な乱交状態( Promiskuität - promiscuity - promiscuité )なども、ただでさえ生活困難なところでの無制限な繁殖を避けるために多くのところでタブーとされていたのではないでしょうか。モーゼの十戒には10あるタブーの中に二つも性に関する禁止があり、それも無暗に他人の女性を欲したり、それを実行してはならないと言う不倫を戒める掟です。こんなことをしているから、性一般が不浄ないしは不潔なものとして見られるようになったのかも知れません。また中近世史では、家父長制が優勢で、女性蔑視を助長していました。現在でもバルカンや中近東の戦争で女性のレイプが絶えないのも、このようなイデオロギーが背景にあるのかも知れません。また宗教的、道徳的または倫理的観点から見て、売春など性に関する事柄が禁止されたり、不道徳とみなされたりすると同様に蔑視の対象となり、違反する者は社会的制裁を受けたり、罵倒語を浴びせられる対象となります。罵倒の本質は罵倒の相手を観念的に共通理解のある劣悪次元にまで落として、蔑むところにあります。日本で男性を貶める言い方に「女の腐った」ようなというたとえがありますが、これは言うまでもなく女性が蔑視される存在であることを前提としていた文化の名残りです。
では始めに英語で簡単なテストです――
1)alpha kenny body を何回も早口で言ってみましょう。何を意味することになりますか。 2)米語で FEA とは何の略語でしょうか。回答は本稿の末尾をご覧ください。
III 性なるもの
IIIa 性器
筆者も中学生になって性に目覚め、家にある辞書で性に関する言葉を調べてみたりしましたが、ほとんどの場合、説明どころか、言葉自体が載っていませんでした。そんな中の代表としての「(お)まんこ」などは、関東方言のようですが、遅まきながら1 2008年に広辞苑第6版に収録されて以来、大辞典は全て掲載(『大辞林』第二版【1999】、『日本国語大辞典』第二版【2000】)するようになったため、マスコミでも伏字にする必要もなくなりました。「(お)めこ」や「ぼぼ」は、これの関西や九州版でしょう。大体広辞苑のような代表的辞典にさえ、それまでこれらの語が登録されていなかったということ自体、日本の国語学は科学としてその第一歩たる現実の観察を放棄して、一体何をしているのかと、何とも不可解極まる思いでした。これらは罵倒語と言うよりは、卑語に属するものですが、いくら社会的タブーに対する自主規制に基づくものとはいえ、日本の辞書編纂にあたる担当者の学者としての不甲斐なさを如実に表現したものと言えるでしょう。外国人の研究者からなぜ日本の大辞典にタブー語が見当たらないのかと問われて、それはタブーだからですなどと頓珍漢な発言をするのに疲れたり、また中には学者の良心を取り戻して、社会(マスコミやネット)から指弾される恐れにも抗して、蛮勇を奮い起こし、遅ればせながらも国際社会の動きにようやく合わせられたのかと勘ぐりたくもなります。とは言え英語のタブー語だった fuck もようやく1960年代半ばになって初めて辞書に登録されたということですから、学者が不甲斐ないと言う内情はどこも同じように見えますが、それでも30数年の遅れとは、いくらガラパゴスでも、この国はなぜこんなに世界の動きに鈍感なのかと驚きを禁じえません。また実際妊娠に関する知識が一番必要となる中学生に対して文科省から「中学校の学習指導要領で、性行為や避妊など『妊娠に至る経緯』は取り扱わないと定められ、学校でも十分な性教育ができていない」2 と言うことですから、手の施しようがありません。
そうは言っても、最近は少し変わってきたようで、2019年にはネットでドラマ化された『夫のちんぽが入らない』3 が配信されました。これはその5年前に同人誌で評判となり、2年前に出版されたこだまと言う人の作品で、内容は筆者は知りませんが、閉塞的な日本でよく思い切った題にしたものだと感心したものです。それでも言葉以外はまだまだで、2010年以来、自分の性器を模ったアート作品「デコまん」を発表しているろくでなし子が、自分の性器の3Ⅾデータを配布したことで2016年には有罪を宣告されています。
まんこは関東方言4 のようですが、関東全域に普及したのは、それほど古くはなく、女性器は江戸時代には普通「ぼぼ」の呼び名で、芭蕉には万呼と言う名の門人もいたくらいです。また大阪出身の紅壱子と言う名の女優がいますが、1972年にデビューして以来紅萬子と名乗っていたところ、NHKなどに出演する際いろいろと煩わしかったようで、2015年に現在の名に改名しています。本名は満子(みつこ・みちこ・まこ)で、批判的な意味合いから萬子としていたのかも知れません。
おちんちん丸出しのブリュッセルの小便小僧(Manneken Pis)は世界的に有名ですが、女の子の性器となると、日本語や英語にもいまだ適当な言葉が見あたりません。ドイツ語でも筆者も個人的には聞いたりしたものもありますが、一般的に通用している言葉はなかなか見当たりません。そんなところから日本でも「1972年に『週刊 女性セブン』が新しい呼称を公募して話題を呼びました。一般紙の社会面で報道されたりしたものの決定打は出ず。1990年には『週刊 女性自身』が同様に呼びかけ、これも結論が出ずじまいに終わっています」5 。最近まで「まんこ、めこ」の存在を認めていなかった日本の社会はともかくとして、世界言語の英語にないというのも不思議な話です。これも男性優位社会の影響でしょうか。また仏語では子供の場合、男女共に同じ言葉(zézette)が用いられたりもしています。
冒頭のテスト回答
alpha kenny body = I'll fuck anybody みんな、くたばれ!
これはニューヨークの友人から教わったものです。
FEA = fuck 'em all ('em = them) こいつら皆、クソ食らえ!
こちらは、2015年の米豪合作映画『ニュースの真相』(英 Truth 独 Der Moment der Wahrheit 仏 Truth)から――実話に基づくこの映画では、ケイト・ブランシェットとロバート・レッドフォードが、CBSのプロデューサーとアンカーマンを演じており、再選を目指すジョージ・W・ブッシュ大統領の軍歴詐称をスクープしたところ、証拠に疑問が噴出し、彼女が内部調査委員会に呼び出されたところで、メモ帳にこの略語を書いていました。
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1 希少な例外は、1921年の『言泉』で、「まんこは陰門に同じ」とあり、また1932年からの『大言海』で、「『まんこ(名)【陰門】[眞處ノ音便]女児ノ陰部』と記されていた」(ウイキペディア『まんこ』)
2 東京新聞、「『性教育』ネットで広がり 正しい知識を若者に」2020年4月10日
3 発売10日で早くも11万部を突破し、巷で話題となった『夫のちんぽが入らない』。こだま著、扶桑社刊)衝撃の実話――。好きなのに入らない夫婦の物語。(新刊JP、夫婦の答えは一つじゃない――この女性は、夫とだけ性交できないと言うことで、それぞれ共に別の相手となら、問題ないらしい。
4 まんこは江戸時代以前に京都で女児の性器を意味したまんじゅーが宮中で成人女性のそれを意味するまんやおまん、さらにこれらがまた女児のそれを言うおまんことなって、使われていたとの説もあります。松本修『全国マン・チン分布考』参照。
5 教えてgoo、「お○んこ」の語源とその使用について