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La source d'Ingres,  Paris  ©DeepStSky 

0090 kleinster gemeinsamer Nenner 最大公約数 IV

2018/02/01 投稿

 民主主義を標榜すると共に、現在はまだキリスト教文化を背景としている欧州連合ですが、

ムスリム文化のトルコが加盟を申請しようとしているのに対して、エアドアン大統領の下、独裁体制が強化されてきたことから、加盟問題は一時棚上げにされてしまいました。

        Im Ringen um eine gemeinsame europäische Identität innerhalb der EU werden […] das Erbe und die Wertvorstellungen des Christentums immer wieder als der vielleicht wichtigste gemeinsame Nenner europäischer Kultur propagiert. (Bernd M. Scherer [Hrsg.]: Die Alte und die Neue Welt: transatlantische Gespräche. S. 111)
        欧州連合内における共通の欧州アイデンティティを巡る悪戦苦闘においては【…】キリスト教の遺産および価値観が常に変わらず欧州文化の恐らく最も重要な最大公約数として喧伝されている。(『新旧世界――大西洋を挟んだ対話』)

 21世紀になって革命の時節は過ぎたようですが、民族独立の動きはまだまだ終息するにはいたっていません。2017年秋、スペインのカタルーニャ自治州が独立宣言を出すと言うことになり、国民(州民)投票を行いました。これに対してスペイン中央政府は投票を認めず、カタルーニャ自治州から自治権を剥奪し、中央政府の管轄下に置くという措置をとりました。スペインは1931年に共和国が成立したのですが、1936年にファシストの将軍フランシスコ・フランコがクーデターを起こし、スペイン内戦が勃発しました。1934年にはすでにカタルーニャ語を国語としたカタルーニャ共和国も建国されていて、スペイン人民戦線や欧米各地から参集した左翼活動家からなる国際義勇軍と共にファシストに抗戦しました。しかし1939年に敗れ、自治権を剥奪され、カタルーニャ語も禁止されました。スペインのファシズムは独裁者のフランコが死んだ1975年になってようやく終焉を迎え、王政復古となりましたが、民主主義体制となり、カタルーニャ州にも再び自治権が与えられました。しかし財政面での自治権がないため、州内の不満が強く、遂に今回の独立宣言に至ったものです。

        Puigdemont war zunehmend zwischen die Mühlsteine geraten: Madrid auf der einen Seite, seine wesentlich radikaleren Koalitionspartner auf der anderen. Puigdemont selbst ist ein eher liberalkonservativer Politiker, er gehört der Partit Demòcrata Europeu Català an, Nachfolgerin der Partei Convergència, einer Art katalanischer CSU. Er wurde stetig unter Druck gesetzt von dem bulligen Oriol Junqueras, dem Vorsitzenden der Linksrepublikaner (ERC), zusammen bildeten ihre Parteien das Bündnis "Gemeinsam für das Ja". Dieses wurde im Parlament gestützt - und auch sehr wirkungsvoll erpresst - von der quirligen CUP, einer linksalternativen Partei, deren Aktivisten der Aufbau eines sozialistischen Staats außerhalb der westlichen Strukturen vorschwebt mit verstaatlichten Banken und Betrieben. Der einzige gemeinsame Nenner dieser buntscheckigen Koalition war die Unabhängigkeit. Das Bündnis hatte 2015 zusammen nur knapp 48 Prozent der Stimmen bekommen - wie es den Separatisten überhaupt noch nie gelungen ist, eine echte Mehrheit in ganz Katalonien zu erringen, weder bei Wahlen noch bei verschiedenen Abstimmungen. (SZ, Sebastian Schoepp und Thomas Urban, 28.10.2017)
        プチデモン自治州首相は見る見るうちに挽き臼の中に巻き込まれてしまった――片やマドリッドの中央政府があり、こちらにはより急進的な自治州政府の連立相手がいる。自治州首相自身はどちらかと言うと保守リベラルであり、その所属する政党は、言って見ればカタルーニャ自治州のキリスト社会党のような、カタルーニャ民主集中党を前身とする欧州カタルーニャ民主党である。それが「ジュンツ・パル・シ(みんなで賛成)」選挙連合を組んだ、雄牛のような風貌のウリオル・ジュンケラス・カタルーニャ共和主義左翼党首から常にプレッシャーをかけられている。さらに自治州議会では、西欧の経済体制を離脱した社会主義国家建設のための銀行・基幹産業国有化を目指し、独楽鼠のようにせわしない新左翼の人民統一候補党によって支持を受けているが、言い換えれば同党による政治的恫喝が効を発している。このような雑多な連立においての唯一の公約数は、カタルーニャ自治州の独立にある。しかし選挙連合の2015年の総選挙の得票は48%弱でしかなく、カタルーニャ自治州全土における分離独立派の過半数獲得は、選挙においてもその他の決議においても、いまだかってないことである。(『南ドイツ新聞』セバスティアン・シェップ&トーマス・ウルバン)

 独立賛成派は自治州の首都バルセロナでは圧倒的多数に見えますが、より南の景勝地バレンシアを始めとする他の地域ではそれほどでもないようです。いずれにせよ、選挙や住民投票では反対派が過半数に達するかしないかと言うところで、圧倒的多数による独立と言うのには少し難しいところがあります。スペインにとってもカタルーニャの独立を許すと、今ではやっとのことで沈静化した、山を越えた大西洋岸のバスク自治州などでも独立運動が再現する可能性も全くなくはありません。バスク紛争における何十年にも及ぶ独立を巡るETA(バスク祖国と自由)などのテロリズムはまだ記憶に新しいところです。こういうところから、カタルーニャ自治州のスペインからの離脱はブレグジットのようには行きません。憲法にも離脱条項などもなく、まず憲法改正などと言っても、スペイン国民の多数を説得できるものでもありません。唯一の可能性は、交渉を重ねて、ある程度の財政的自治の獲得を目指すと言うところでしょうか。払いすぎているからもっと払い戻せと言うのでは、ドイツでもバイエルン州がずっと言ってきたところで、何ともせこい感じですが、現状のスペイン政府の自治州への予算の配分がずいぶん恣意的なものであると言うところから、改善の余地は十分あるようです。筆者などもフランコらのファシスト達に抵抗したというところから、カタルーニャには好感を抱いているのですが、ヨーロッパ統合の深化がアジェンダに上っている現時点で、民族主義やナショナリズムへの逆コースには少し無理なところもあるようです。

 カタルーニャ語はれっきとした独立言語で、フランス語とスペイン語の中間にあるような言語です。ピレネー山脈中の独立国アンドラや国境を越えて南フランスの一部(カタルーニャ国境付近)、さらには地中海のマヨルカ島からイタリア領のサルデーニャ島などでも使用されています。ドイツ語の場合、形容詞の katalanisch を誤って *katalonisch と書く人が少なからずいますが、この形容詞はカタルーニャ語(català, Katalà)と言う単語にその源を発します。地名が Katalonien *1や Catalonia なのになぜ形容詞が katalanisch*2 や Catalan なのか、これで説明がつくと言うものです。また上記のバスク地方で話されるバスク語*3ですが、これもピレネー山脈を越えてフランスの一部(南西部)でも使われており、カタルーニャ語と同じくフランコ政権の間は禁止されていました。バスク語はフランス語に近いカタルーニャ語などとは比べものにならないほど独立した言語で、世界中を見渡しても全く類縁関係にある言語が見つからないと言う謎の言語です。
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        *1       Katalonien - Catalonia -Catalogne
        *2       katalanisch - Catalan - catalan
        *3       Baskisch - Basque - basque. 同じく南フランスからバスク地方に至る地域で話されていたと言う、現在は消滅したアクイタニア語が唯一の近縁語であると言われていますが、これがバスク語の祖先であると言う説もあります。また古代の
イベリア語やコーカサス諸語、さらには北アフリカの言語などに近いのではと言う説もありますが、どれも多数の言語学者の賛同を得るものとはなっていません。